日本ミステリ史上の傑作のひとつ『十角館の殺人』のコミカライズ版(コミックリメイク版)の感想を書いていきます。
1987年刊行の原作が現代風にアレンジされており、本筋はそのままに新鮮な気持ちで読むことができました。
原作を丁寧に解釈し現代の読者にも合わせた工夫をなした手腕は実にお見事。
絵も耽美的な綺麗さが非常に魅力的で、一つ作品として高品質にまとまっています。
原作ファンにも原作未読の方にもおすすめできるコミカライズ作品です。
新本格ミステリの金字塔『十角館の殺人』
原作は1987年刊行以来、「あの一行」で数多くの読者に衝撃を与え続けてきた名作ミステリ。
叙述トリックを日本に知らしめた一作です。
本作は、美麗で繊細な絵が人気のイラストレーター・清原紘が、原作者・綾辻行人とタッグを組んで贈るコミックリメイク。その一行により映像化不可能と言われ続けてきた小説を今回見事にコミカライズしてくれました。
独自の現代風のアレンジが加えられており、原作を読んだことのある読者も大いに楽しめます。
『Another』のコミカライズも担当した清原紘氏でしたので期待は大きかったものの、本当に漫画化できるのかという不安もありましたが、リメイクと言うだけあって、まさしく新生『十角館の殺人』と呼べる完成度に仕上がっています。原作者・綾辻行人氏も認める上質なミステリ漫画です。
ミステリファンもそうでない方も読むべき名作。
変更点・追加点について
江南(コナン)君が女性に
原作でいわゆるワトソン役を務める「江南孝明」が、今作コミック版では「江南あきら」という女性に変更されています。
彼女は見た目は美少女ですが、221Bとプリントされた服を着るシャーロックホームズの大ファンで、Gが蠢く汚部屋に住んでいる酒好きな酒クズ。
はじめは、女性にも男性にも嫌われにくいあざとい設定にしたなあと思ってました。笑
なので、「いや女に変えたらダメでしょ」「島田さんとの兼ね合いはどうなるの」「流行りのオタクに媚び売る作戦か?」「余計なことするな原作通りやれ」とか散々なことを思っていた奴がいたようです。ワタシデハナイヨ。
原作と同じストーリー展開ですので、途中は女性である必要性が全くありません。(…いや、そうでもないか)
本領を発揮するのは最終5巻。「あ、これ、女性に変更して正解じゃん!むしろ物語に厚みが増して説得力が出てるし!」と手のひら返しをした奴がいるようです。ワタシデハナイヨ、ワタシハサイショカラワカッテタシ…
よくこの改変を思いついたなと、原作者もよくこれにGOを出したなと。実にすばらしい改変です。性別変更が見事なまでに功を奏しています。
女性に変わっているために手が遠のいている(かもしれない)原作ファンもご安心ください。
美男美女ばかり
主な登場人物は、K**大学のミステリ研究会メンバー。なんとコミック版ではみんな美男美女に脚色リメイクされています。
容姿が良いほど賢く見られる効果があると言うものの、これはやりすぎなんじゃないかな、だって感情移入できないじゃん、殺されたら逆にうれしくなっちゃう、と思っていた奴がいたようです。ワタシデハナイヨ。
舞台は大分県のとある孤島で、ミス研メンバーも大分の大学生。推理に説得力出すために、賢い大学生の集まりという設定にしたのでしょうけど、「大分県に京大ほど偏差値の高い大学はないよ綾辻行人さん(原作者は京大出身)、大分大学に法学部ないし」とツッコミを入れたくなります笑。「大分にそんな頭良くてかつ美男美女がたくさんいる訳ないだろ」と甚だ無礼なことを考えていた奴もいるようです。ケッシテワタシデハナイヨ、ダッテワタシオオイタシュッシンダシ。
冗談はさておき、この絵柄だからこそ原作の耽美的・神秘的な雰囲気を表現できているのは間違いありません。
『十角館の殺人』は原作者のデビュー作でもあるので、この時はまだそこまでその雰囲気は漂っている訳ではないですが、今後もどんどんコミカライズを出してほしいと望むほどに適役です。『Another』も素晴らしいコミカライズでした。
それに、エラリイはイケメンになっているだけでなく、さらに株が上がるような改変もされています。気になる方はぜひ。
スマホがある現代の設定
コミカライズ版はスマホがある2018年。原作は大学生すら携帯電話も持ってないような時代ですからね。ほんと、この数十年で通信事情は大きく変わりました。
そこで問題となるのが、「嵐の孤島」「雪山の山荘」を舞台としにくくなるというもの。多くの作品、特にミステリーやホラーでは、未だに1980年代設定の作品があふれているのはそれが理由です。
しかし、本作ではそんなものは杞憂でした。問答無用で、初めから電波もWi-Fiも届かない設定にされています。大分の孤島だったら普通にあり得る。
キャラクターの服装的にも、時代設定は現代にしたほうが絶対に描きやすいでしょうから、この変更は特に述べることはありません。対現代の読者を考えても新規ファンを増やすのだったら、親しみやすいほうがいいですしね。
あと、当時の設定だと、誰も彼もがどこかしこで平然とタバコを吸ってるような描写を入れないといけなくなってしまうんですよ。(Huluのドラマ版は画面が煙た過ぎたので嫌いです笑)
失われた30年とは言いますが、この日本において、ここまで禁煙・分煙が広まったのは唯一の功績と言えるでしょう。この点はホント良い時代になったと思います。まあ、駅や病院で吸えてたのがオカシイだけなんですけどね。
巻末のおまけ4コマ漫画
巻末には、コミカライズ版オリジナルの4コマ漫画が載っています。
キャラの特徴を掴んだ微笑ましく面白いコンテンツです。
ミス研メンバーの日常を描き、作中だけでは足りない描写を入れることで、各キャラへの感情移入を促してくれるものとして機能しています。この追加も非常に高評価です。
4コマだけで1冊作ってほしいくらいのクオリティ。
まあ、彼らの日常を見られても虚しいだけなんですけどね…。
今後「館」シリーズはコミカライズしていくのか
言い忘れましたが、本作は<ネタバレ厳禁>です。
本作のネタバレをする人間は死罪でもいいくらいのレベルなので、人と話すときには気を付けてください。
しかし、今から何も知らないまま本作が読める人は実に恵まれてます。
原作読了済みのファンは「今からあの衝撃を味わえる原作未読の人、幸せすぎだろ!」とみんな口を揃えて言うでしょう。
原作はミステリ入門としてもうってつけなので、本作からミステリ作品にハマっていきたい方はぜひ読んでみてください。
原作の『十角館の殺人』を1作目とする「館」シリーズは現在、9作まで発売中。(10作で完結だそうです)
次にコミカライズするとしたら、せっかく女性に変更した江南君が登場するのは必須だろうし、5作目の時計館しかないだろうと思うですが、どうなんでしょうね。果たして漫画できるんでしょうか。十角館より難しい気がします。
でも、だからこそ楽しみです。なにせ映像化不可能と言われた小説をここまで完璧にコミカライズしてくれたのですから。
以上、『十角館の殺人』(コミックリメイク版)の感想でした。
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